門前の桜の木の傍らに、老婦人が立っている。
夫の位牌を胸に、木を見上げ….
時折、風が吹き、
桜の花びらが、ひらひらと舞う。
老婦人の口が動いている。
何か話しかけられているようだった….
‘桜吹雪’と聞いて、私が一番に思い出す光景。
私がまだ、僧侶になりたてのころの話です。
ちょうど行われていた正伝法*が満行を迎え、
示し合わせたかのように、桜が満開だった。
少し前に夫を亡くされたその老婦人は、
夫の位牌と共に正伝法を受けられていた。
5日間の修行を終え、帰路に就かれたときのことである。
あれから何年が過ぎただろうか・・・
“散る桜 残る桜も 散る桜”
有名な良寛和尚の辞世の句です。
その老婦人の姿も、今はない。
私たちの一生は、桜の花のように儚く短い。
誰しも必ず、散って逝かなければならない。
しかし、その桜吹雪の光景は、ほんとうに美しかった。
花びらの舞う中、
そこには微笑み合う夫婦の姿が、確かにあった。
いつまでも色あせることなく、私のこころに残っている。
今年も、満開の桜を見上げ思い出す。
あの老婦人は、何と言われていたのだろうか?(光)
*正伝法・・・融通念仏宗において在家信者が、
真の仏弟子となるための5日ないし7日間の修行。
(撮影:脇坂実希)