その肌は黒く、二抱えはありそうなごつごつとした幹の部分には所々に苔のようなものが見受けられる。
何百年も生きてきたであろう一本の老桜は、いま寒風の中で葉を落とし枯れたように佇んでいる。
今はまだ誰も見上げる人はいない。
しかし、太陽の光は着実にその輝きを増し、やがて巡り来る歓喜の季節がそう遠くないことを告げている。
光あふれる季節には、この木の下で大勢の子供たちがはしゃぎ、大人たちの微薫を帯びた楽しげな声もまた聞こえてくるだろう。
いつの頃に植えられたのか?
そしてどれ程の季節を巡って来たのか?
数えきれない人々が咲き誇る桜花を見上げてきたのだろう。
はしゃぐ子供たちの親がまだ子供だった頃、そのまた親が子供だった頃・・・
この老木は変わらずここに静かに佇み、その成長を見守ってきたのだ。
春、満開の花の前で親子が並んで撮る入学写真
夏、青々とした葉が木陰を作り、その下でひと休み
秋、少し早く色づいた葉が紅葉の季節の到来を告げ
冬、モノトーンの色調の中、雪をのせた枝にはもう次の季節の芽を宿している。
幾星霜にわたり数えきれない人を迎え、そして送ってきた。
やがて咲く淡いピンクの花弁は、その一枚一枚に人々の記憶と心を宿し、風と共に舞い上がっていく。
これからも老桜はここに在って、その命ある限り人々を見つめ、そして和ませ、大切な心の故郷となっていくことだろう。
「みんなここに戻っておいで。遠く離れてしまったあの頃がここにちゃんとあるから。」(善)
(撮影:脇坂実希)