2017年 7月 の投稿一覧

行ってきました!パート2

これを書いている前日(7月14日)、国立文楽劇場で融通念佛宗聲明研究会の声明コンサートがありました。

もちろん、行ってまいりました!

他宗も含めて、私は何度か聲明コンサートには足を運んでいるのですが、家内は行ったことがないということで、夫婦でお出かけして参りました。

私は平服、家内は着物。

これだけで家内の気合の入り方が解ろうというもの。

ただ問題は… 上演中の居眠り!

聲明というものは、私に言わせれば「究極の癒し」。最高のヒーリングミュージックなのです。過去において、私はほぼ100%上演中にトリップしております。

「身はここに、心は西方極楽浄土」

まあ、それも有りか… などとお気楽に考えていたのですが、手にしたチケットの座席番号を見て

「Oh!heavy!」

前から2番目しかも中よりやないですか!

「こんな所で居眠りしたら、出演者にもろバレやないですか!」

しかも、他宗のコンサートならいざ知らず、面が割れてますがな。

事の重大さに私のとった行動は、「出かける前に睡眠を!」

当日お参りから戻って、速攻でお昼寝!

これが功を奏し、今回初めて最後まで起きていられました。

さて、本題のコンサートの方ですが、大分舞台慣れしてこられたなという印象を受けました。

まず、一つ一つの聲明が、半分ないしそれ以上カットされ、初めての方が聴いていて退屈しないようになっていました。

「教義的に問題あり!」

という方もおられるかもしれませんが、一つのショーとしてはこれが正解であると私も考えます。

さらに、般若心経で動きをつけ、加えて散華で花びらをまく。視覚的にもよかったと思います。

後半は様々な西洋楽器とのコラボ。こういった聲明コンサートは珍しいと思いますが、讃師長の和田師面目躍如と言ったところでしょうか。

チャリティーコンサートということもあり、和田師もいろいろ悩んでおられたことと伺っておりましたが、まずは成功おめでとうございました。お疲れ様でした。

大原の里にて

先日、京都は大原にある融通念佛宗の元祖、聖應大師良忍お上人様の御廟に、布教師会の方々と参拝して参りました。

大原と言えば三千院。

その横を塀沿いに上って行くと、来迎院というお寺があります。

このお寺の本堂の奥に、古びて苔むした三重の石塔が建っており、これこそが、今から九百年近く前にお亡くなりになった、良忍上人のお墓であります。

墓前に向かいますと、真新しい塔婆が何枚も立てかけてあり、どなたかは判らなくとも何人もの方々がここへ参拝に来られていることが見て取れます。

大原は、融通念佛宗の始まりの地であり、宗門の人間は御開山の眠られる土地として、特別な思いを持つ場所なのです。

折りしも季節は梅雨の真っ只中、天気予報は午後から雨だと報じていたのですが、そこはそれ、晴れ男の私が行けば、何とか雨に降られずにお参りすることができました。

お参りした後、ふと考えたのですが、亡くなって九百年近くたった今も「墓前で手を合わせてもらえる」ということが、如何に凄いことであるのか!?

私の場合ならせいぜいもって五十年位でしょうか?

比べること自体に無理があることは百も承知ですが、自身の人生をかけて仏道に邁進し、世の人々の苦しみを除かんとされた姿は、九百年近く経った今も語り継がれ、参拝者が絶えないという形で残っています。

「名こそ惜しめ」

自分の名に恥じないように生きる。

自分を捨て、世の人々のために生きる。

今の私には想像もつかないような行為であっても、昔はそんな事を当たり前のようにやってしまう人間が沢山おられたのでしょうね。

名前が残るのももっともか。

行ってきましたっ!

先日、「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」を観に行ってきました!

「この歳になって…」などと言わないでください。

初めて「宇宙戦艦ヤマト」をテレビで観たのは、中学生の時。

思えば このアニメとの出会いが、私を理数系に向けた、大きな一因であったと思います。

 

「ロケットを飛ばしたい! 宇宙に行ってみたい!」

漠然とした思いを、一つの目標に変えたのが「ヤマト」 でした。

 

大学では応用物理学を勉強し、量子力学の井戸型ポテンシャルに頭をひねりながら、それでも僧侶という道は一切頭には無く、師匠である父親の悩みはそっちのけで学生生活を楽しんでおりました。

今となっては懐かしい時代ですが、「ヤマト」と聞くと、居ても立ってもいられなくなるのです。

で …  観てきました。

いやぁ~ 良かった(^o^)/

 

そこで気づいたのですが、観客の7~8割が、私とどっこいどっこいの年齢の方でした。

「これって…?!」

いや、やはりそうなんでしょう!  … ご同類!

少年時代に心を震わせた作品には、いくつになっても憬れるものがあります。

息子たちは 「歳を考えや!」 などとぬかしますが、

「お前たちには熱い心は判るまい!」と、心の中でつぶやいています。

 

いくつになっても、忘れられないものがある。

いくつになっても、心を熱くするものがある。

 

それが何であっても、持っていられることが幸せなんでしょうね。

 

私は多分、死の直前になっても

「DVDでヤマト見せて~!」と、わがままを言っているのでしょうね。

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