秋の初めにびっくらポン!

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まだまだ残暑が続いていますが、暦の上では秋。
これから冬に向かって一日一日と日が短くなり、寒さが増してまいります。
「鳴く蝉の春秋を知らず 蜉蝣の夕べを知らず」などという言葉もありますが、
最近の蝉の声は「つくつくほうし」ばかりが耳に届きます。

そりゃあ、この季節ですものアブラ蝉なんかはとっくの昔に姿を消してしまっています。蝉の命は地上に出てしまえば一週間だと言われていますから、夏真っ盛りの時に鳴いている蝉はどこにも生き残っているわけないのです。

と 思っていたら… この夏驚くべき観察結果が出たらしいのです。 夏休みの自由研究に、小学生の男の子がとんでもない観察をして、それがれっきとした学界に於いて報告されました。
なんと、蝉は三週間以上、場合によっては、ひと月ほどの寿命があることが解ったのです。
 
男の子は、地道に捕まえた蝉の羽に目印と日付を入れ、放してやりながら、蝉の種類別にキャッチアンドリリースをひたすら続け、今回の発見となったのです。

本当に頭の下がる思いがしました。研究者とはまさに彼のような人物を指すのでしょう。大人が「当たり前だ」と頭から信じて疑わなかったことに疑問を覚え、それをコツコツと調べて新しい発見をしていくということは、生半できる事ではありません。

私はまるで、チコちゃんに叱られた思いです。
何事にも先入観を持たず、常に心に疑問符を持ち続けていたいものです。
「ボーっと生きてんじゃないわよ!」 秋の初めに、自らの頭の固さに気付かされた大事件でした。

終わりました

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本日、私のお寺で「施餓鬼法要」がありました。
この後、地蔵盆を残してはいますが、お盆の大きな行事としては、本日の施餓鬼で大きな行事は終了です。

・・・疲れました。
今日は午前中で法要は終了し、後片付けが終わると、もうスライム状態!

・・・何もする意欲がわきません。
夕食後、何とか体力を回復し、これを書いています。
つくづく、「歳だなあ・・・」と感じます。

最近は二人の息子が2,3日手伝ってくれていますが、それ以上に体力の衰えを感じています。
振り返ると、私の師匠である父も同じ思いをしていたのかなあ・・・と、今になって父親の心の中が解った思いです。

そんな父は90歳近くまでお参りに回ってくれておりました。もちろん80歳を超えてからはほぼマイペースでしたが、村の中で道の向こうから歩いてくる父は、いつもニコニコしていました。
「これでお参りが終わり!」
ホッとした思いが、顔に出てくるのでしょう。
その表情を見るたびに、少しだけ親孝行をしたような気持になるのです。
忙しいお盆の中で、この時だけは私も自分の疲れを忘れ、ほんの少しだけ幸せな気持ちになれました。

本当の幸せというものは、こんな何気ない所にあるものなのですね。
普段はそんなことに気付くこともなく、どこか遠くに目を向けて、「幸せになりたい~。」なんて思っているのが人間なんです。


お盆が来るたびに父が歩んだのと同じ道を歩いていることに気付かされ、ちょっと懐かしく、ちょっと切なく、そして次の世代に少しだけ甘えてみたい・・・心揺れ動く私です。

いざ、鎌倉(お盆)!

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「お盆」 とうとうこの季節がやってきました。

8月1日には、早くも近くのお寺で「施餓鬼法要」があり、この時に顔を合わせたお寺様方と、「いよいよですなぁ…」などと言葉を交わします。
この挨拶が、いわばお盆に突入する直前の、「お互いの気の引き締め合い」を意味する言葉なのです。

この「クソ」という言葉がつくほどの暑い最中、太陽光線をしっかりと吸収してくれる黒の衣をまとい、東奔西走、南北縦断、縦横無尽に走り回るお坊様は、ブラック企業も足元にも及ばないほどの仕事量をこなしておられるのではないかと思ってしまいます。

ただ、この歳になってつくづく感じることは、体力の衰えと声帯の衰え。
若かりし頃は、どれほど声を使っても声枯れ一つなく、美声(!?)を響かせていたのが、最近は声をセーブしなければお盆の最後まで声が持たないという体たらく
このところ毎年、病院で喉荒れを治す薬を前もって処方していただいています。
足の方も筋肉が疲労し、特に膝の周りと足首周りが痛くてなりません。
ただ気合だけで乗り越えております。

ですが、体の疲労以上に、お盆というものは何とも言えない古き良き習慣であるとも感じています。
この行事のために、日本人は長い休暇を取り、故郷へと向かいます。家族兄弟が久しぶりに顔を合わせ、ご先祖を迎え、そこに私たち僧侶がお参りに寄せていただく。
いわば、この時の私たちは、日本を挙げての一大イベントの間違いない主役なんです。
お坊さんのいないお盆は、お肉の無いビーフシチューのようなもの。
ちょっと例えは悪かったですが、その様なものではないかと思います。
ともかく、今年もお盆の主役は自分だと信じて、ドリンクを片手に檀家様のお宅に馳せ参じます!

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