人のつながりということ

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先日 一泊二日で函館に行って参りました
 
「なんと慌しい!」
…と おっしゃられるかも知れませんが こう見えても私忙しいのです
その昔 函館を日帰りで行かれたお坊様もおられるので その方よりは少しゆっくりです

それはさて置き 今回は ある方にお会いするのが一番の目的でした

その方とは…

函館自由市場にお店を構えるオッチャン!
「出会いは もう10年以上前のことになります」とはいっても 直接お会いした事はなく 年末 電話とファックスで お節料理用のカズノコなどを送ってもらったことが最初です
送料を入れても 値段はこちらで買うのとさほど変わらず
味ははるかに↑とくれば これは買わないわけにはまいりません
毎年 年末になると家内が電話をします

「オッチャーン! 今年もよろしく~!」

電話では 毎度のお馴染みさんになっているにもかかわらず まだ一度もお顔を見たことがない
いつも家内と「一度会いに行きたいね」と話していたのですが 願い叶って 今回の函館行きとなったのです

「ほんとに会いに来てくれたの~!」

もう無茶苦茶喜んで下さいました
他のお客様を放ったらかしに おしゃべりが止まらなくなってしまいました

お店の商品を「これが美味しい これも美味しい」
おすすめを買っていたら 店ごと買い取らないといけないくらいの勢いでした

最後には 並んで記念写真撮影
「もう大阪に帰っちゃうの? 今度はいつ来るの?」

ほんのわずかな時間ではあっても これ程喜んでいただけるとは思っていなかったので 私も家内も本当に喜び一杯で函館を後にしました。

今の時代はネットが全盛で 商品も画面を眺めてクリックするだけ 早ければ翌日には品物が届きます
でも よくよく考えてみれば 注文をするのも人間(ひと)なれば それを受けるのも人間(ひと)なんです
コンピュータというものが間に入っただけで 相手の顔も声も見えなくなり 気持ちのつながりが ぷっつりと途切れてしまいます
勿論、その方が良いとおっしゃる方もおられるでしょう
ですが 以前のように人の温もりまでが断たれてしまい それが本当に社会なのだと言えるのでしょうか!?

人と人の温もりが通い合ってこそ 繫がりは深まるのです
これからの世の中にこそ 人のつながりを深めて行くことが求められてくるのではないでしょうか

春霞(はるかすみ)

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この季節の海が好きです
正確には神戸の山手から見る瀬戸内海が好きです
太陽の光を反射する海に春霞がかかり ぼうっとした景色の中を船が行き交う…

春の海 ひねもすのたりのたりかな

この詩のように 何とも言えないゆっくりとした時間が流れ その景色の中に自分が同化していくように感じられ 何時間でも海を見つめて ぼ~っとしていたくなります

或る檀家様が 須磨に住んでおられ 月に一度お参りに寄せていただくのですがこの季節になると マンションの5階から眺める瀬戸内の景色が 何とも言えずお勤めが終わってから お勤めの時間よりも長くベランダから海を眺めさせてもらっています
 
景色というのは クリアーに見えることも良いのですが 少し霞がかかったように見える方が 一枚の絵画を見ているようで 不思議な落ち着きを感じることがあります
 
人間の生活もまた同じで 何もかもが見えすぎてしまうと かえって疲れてしまうこともままあるように思えます
ほんの少しの内緒 薄いベールがかかっている方が その人をより魅力的に見せたり 見たくないところを上手く隠してくれる効果があるのではないでしょうか

まっ それはともかく 頭が疲れたとき 精神的に「疲れたな…」と思ったとき 一度この季節の海を眺めて「ぼけ~っ」とするのも良いのでは!?

人を見る眼

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先日、ある方の御通夜に寄せていただきました
若い頃から、何かとお世話になった方で、もう御声が聴けなくなるかと思うと本当に寂しい限りです

若い頃より、様々な体験を重ねられ、直にいろいろと伺ってはいましたが、その一つ一つは独立したもので、私の中で何一つ繋がりを持っていませんでした

通夜の折、息子さんが挨拶に立たれ、改めてその体験談を、御家族から伺った時、私は自分の考えの浅さに大きな衝撃を受けたのです

「人生の物語は、その人の家族にしか見えないものがある いくら近くにいて、お話をたくさん聞いたとしても、他人には決して読み取ることのできない機微がある…」

今回、息子さんの話を伺い、私はこの方の一面しか見ていなかったことに気付かされました。一つ一つのお話が一本の糸に繋がり、この方の心の中までも見えたような気がしました
そして改めて、この方に出会えて良かったと思えました

「運心観法(うんしんかんぼう)」という言葉があります
心を運んで法を観よ 自分の「心」を観察する対象にまで持って行き、そこにあるものを心で観察しなさい という教えです。

その人がする「行い」には、一つ一つに意味がある ぼーっと見ていては、大切な何かを見落としてしまうかもしれない

勿論、簡単にできることではありません
そこには自身の人生経験や、読書、映画鑑賞といった疑似体験など、様々な事を積み重ね、自分の心に深みと広がりを与えていかなければ、相手の心を自分の中に映しだすことなどできないのですから

私たち布教師には、とても大切な言葉であり、生涯をかけて心していかなくてはならない教えなのです

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