日本の梅雨

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7月に入り 梅雨も後半に入ってきました

昔と違い 最近の梅雨は 後半になると何がしかの集中豪雨に見舞われ 日本各地が大きな災害を受けます

とりわけ九州は 毎年どこかで大災害が起こり 今年も熊本や鹿児島が大変なことになっています

災害に遭われた皆様には 心よりお見舞い申し上げます

私たちは家庭に居ながらにして その災害が起こっている光景を テレビやネットで見ることになるわけですが現在進行形で起こっている現実をこの目で見ながらも すぐそこへ駆けつけて手助けができないという現実に歯がゆい思いをしています

「ほどほど」という言葉がありますが 梅雨に降る雨は 本来「しとしと」と表現されるほど 最近の滝のような雨とは程遠い小雨が 「ほどほど」に降ってくれるものだと私は教わったように思います

7月と言えばそろそろ七夕

滝のような雨では 天の川も増水して 織姫と彦星も逢瀬を楽しむこともできないでしょうね

七夕に降る雨のことを「洒涙雨(さいるいう)」と呼ぶそうですが 一年に一度しか会えない二人が 雲に隠されて会えなくなって流す涙 或いは二人が別れを惜しんで流す涙という意味だそうです

その様にとらえると 滝のように降る涙(雨)からは この二人がかなりの情熱家なのだと言えなくもないです  この雨も 少しは風流に感じられましたでしょうか!?

憂鬱な雨も 心にちょっと工夫をして気分を変えていきましょう

今回もまた 取り留めのないお話になってしまいましたが いずれにせよ 早くこの憂鬱な季節が終わって 明るい日差しの中で暮らせるように祈っております

そして今年もお盆がやってくる!

久しぶりの大原

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コロナによる外出の自粛が長く続いていた為 本山大念仏寺における諸行事が中止で 布教師会も定例布教の中止などを余儀なくされ 毎月一度は必ず顔を合わせていた布教師の皆さんとも 本当にご無沙汰をしております

止むを得ないこととは知りながら、歯がゆい思いをしております。

そのような中 昨日(6月24日)理事の皆さんと 京都大原は来迎院にある 元祖聖応大師様の御廟に参拝をして参りました

本来なら 布教師会の皆さんで参拝しておるのですが 今年に限り 理事のみでの参拝となりました

お陰様でお天気も良く 観光客も少ない中を落ち着いて参拝できた事は 喜んでよいのか悪いのか…

夏の日差しが照り付ける中 木々の緑が映え 杉木立の中にある御廟に立つと 熱気が和らげられ 何とも言えない心地良さの中で参拝することが出来ました

御廟参拝のあとは 来迎院の御本堂でもう一度お勤め

「確か昨年寄せていただいた時は 本堂に入った途端に激しい雨に降られたなぁ…」 そんなことを思い出しながら お勤めさせて頂きました

その年その年で 天候も参拝する顔ぶれも少しずつ異なり その時に感ずる思いも異なってきます

その意味で 今年ほど大原に参れたことが嬉しく 少人数ではあっても 布教師の皆さんが元気なお顔でいらっしゃった事に 喜びを感じたことはありませんでした

人に生れること難し

やがて死ぬ身の今命ある事難し

世に仏あること難し

仏の教え聞き難し

毎年の御廟参拝 あと何回お参りすることが出来るのか!…?

奇しくもコロナ禍で 参拝客の少なくなった本堂の中で 薬師如来様 阿弥陀如来様 そして釈迦如来様に手を合わせながら 今のわが身の健康に感謝し 参れたことの奇跡を思わずにはいられません

来年こそは沢山の顔をそろえて お勤めができる事を願いつつ お土産の土井の柴漬けを買って帰りました(^O^)

朝から狐!

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数日前のこと 朝5時を回ったころのことでした

本堂の裏手でカラスが集まって うるさく鳴いておりました

丁度 本堂で朝のお勤めの準備をしていて その声が余りにうるさかったものですから 何気なしに窓から外を覗いたところ、一匹の野良犬らしき動物がカラスとにらみ合っておりました

茶色の姿は とてもやせ細っており 顔に至っては ナイフでそぎ落としたような鋭さ

「んっ!」

まさかと思い尻尾に眼をやると 思った通り犬では考えられない太さと長さ

狐がカラスたちと睨み合っていたのです

「まだこの辺りにもいたんや!」

ちょっと感動!

タヌキはちょくちょく見かけることがありますが 狐は本当に数十年ぶりの事

むしろ最近は ハクビシンやアライグマといった外来の動物が 近くの畑を荒らしまわっているという話が多く日本古来の動物が隅っこに追いやられているような思いもしていたのですが いやあしぶとく生きていますねぇ

しばらく睨み合った後 狐はお寺の裏にある竹藪の中へと消えて行きました

「狸は化ける。狐は化かす」

なんてことを言いますが 狐の顔を見たとき 何とも狡猾そうな顔つきだったのを思い出し「う~ん 狸の顔は愛嬌があるけれど 狐のこの顔ではやっぱりペットにするには怖すぎるなぁ…」

油揚げで飼いならそうという気にもなりませんでした

ここで思い出した言葉「狐と狸の化かし合い」

これは 人間同士の騙し合いなどに使われる言葉でありますが 考えてみれば狐や狸のような動物よりも 人間の内面の方が余程怖い面を持っているのかもしれません

自分の心に狐のような顔があるとしたら ちょっと怖い気がします

どんな人にもそのような一面があるのだとするなら 私はできれば狸のような愛くるしい一面を持っていたいです

そのうちに「古だぬき」などと呼ばれたりするかもしれませんが…

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