ワクチンなるもの

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コロナウイルスが世間を騒がせて 早一年半と少し

国内でもようやくコロナワクチンの接種が進んできました

いろいろな国で色々なワクチンが開発され 日本は未だに輸入に頼ってはいますが 私の周りでも接種を済ませた方が増えて参りました

私のところにも ようやくワクチン接種券なるものが届いたのですが タイミングが悪すぎました

今から予約して接種をするとなると どう考えても二回目はお盆の時期にかかってしまいます 副作用のことを考えると 最初の接種は九月の上旬になるのかなぁ…

(お彼岸も考慮に入れて)

と いうことで 今私が秘かに願っているのは 注射じゃなくて飲むだけのワクチンが出来てこないかな!? ということ 早い話 注射が嫌いなだけなのですが…

私はこの夏を マスクと うがいと 手洗いで乗り切ります

考えてみれば ウイルスとワクチンは鼬ごっこのようなもので ウイルスもどんどん変化していきます

ワクチンがそうそうスピーディーに開発できないのであるなら 私たち人間がウイルスに取りつかれないようにすることが肝要で やはり日々の生活で基本を順守することが大切です

そんなことは誰でも知っていることなのですが それがなかなか守れないのが私たち人間なんですね ワクチンというものはある意味で 約束を守れない私たちの逃げ道のようなものなのかもしれません

食後に食器を洗ってくれる食洗器や ボタン一つで部屋を掃除してくれる丸い形の某掃除機といったものと 同列に扱うのは良くないことと思いますが 何故かそんな風に思えてしまうのです

まだワクチンを接種していない貴方 そしてもう接種済みで安心しきっているそこの貴方

コロナウイルスに限らず 世界には人に害をなすウイルスは山ほどいます

マスクにうがい 手洗いといった基本の衛生生活を忘れずに

そして今年もお盆が静かにやってまいります

カイ君その後

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お寺に犬のカイ君がやってきて ひと月半がたちました

緊急事態宣言が出されている中を 京都の北部まで迎えに行って早ひと月半 最初の頃は 私の姿を見るだけで怯えていたのが 噓のようによく馴染んでくれています

名前がカイとなったのは 前にも申し上げたように 保護されていた所で「甲斐犬だろう」と言われていたからなのですが 我が家に来て二週間 慣れてきた処を見計らい 動物病院に連れて行くと

受付「ワンちゃんのお名前は!?」

私 「カイです」

受付「カイ君ですね!?承知しました」

私  「保護されていた所で甲斐犬だと言われてたもので」

先生「これは四国犬ですね」

私 「へっ??」

先生「名前 シコクに変えますか」

私 「いや もういいです…」

安易に名前を付けると こんなことにもなるのですね

ともかく体が大きいだけあって 運動量も半端ありません

一日二回 朝晩1時間半ほど歩きます

膝が痛いなどと言っていたのですが 最初の頃は足がパンパンになるほど歩かされ 挙句は途中に息が切れるほど走らされ クタクタになる毎日を過ごしております

と ここで気づかされました

コロナ禍の中で いかに自分が歩いていなかったかということ

ここ1年半以上 電車に乗ってのお参りはゼロ どこに行くにも車で出かけていたもので 全くと言ってよいほど歩いていなかったことになります

カイ君とお散歩に出るようになって 膝の痛みも少しずつ和らぎ 体重も体脂肪率も少し落ちてきました

「この犬はもしかすると 仏様が私に歩けと遣わされた犬なのかも…」

そんなことを考えながら 今日も私は カイと呼ばれる四国犬と散歩に出かけます

亡き徳田布教師を偲んで

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昨日(6月24日) 布教師会の理事4名で 京都は大原 元祖良忍御上人様の御廟に参拝致しました

大気の状態が不安定で 雷雨の心配がありましたが お陰様で雨に降られることなく帰ってくることができました

お参りしながら 皆の頭に浮かんでくるのは 今年1月に遷化された徳田布教師のお顔でした 

昨年の参拝では お元気な姿で一緒に手を合わせて下さっていたのですが まさかその姿が今生の別れになろうとは思いもしませんでした

徳田師は私よりも20歳ほど人生の先輩でしたが 布教師会入会は 私のほうが先であったことで 先輩でありながら後輩になるという ややこしい関係でありました

ですが そのようなことは全く気にもかけず 私を立て なお且つ人生の先達として色々とアドバイスをして下さいました

私自身 徳田師ほど気を許してお話しできる方はおられません

コロナ蔓延で 昨年は布教師会としての活動を自粛せざるを得ず 大原御廟参拝も理事のみで行くことになっていたのですが その数日前に師からお手紙をいただき 文面から活動自粛で布教師の誰にも会えないという寂しさが伝わってきたので 「もしも良ければ…」とお誘いしたところ 「ほんとにワシも行って良いの!?」と遠慮気味にも参加をして下さり 近くまで私が迎えに行って大原参拝が実現しました

今となっては その往復の車中で どんな話をしたのか忘れてしまいましたが いつもより随分お話が弾んだことは覚えています

理事の皆とも色々話され 久々に充実したひと時を分かち合うことができました

その時はお誘いして本当に良かったと思いましたが 今となれば 「最後のお別れに来て下さったのかも!?」と思わずにはいられません

「朝に紅顔ありて 夕べに白骨となる」という言葉があります

人の命の何と儚いことであろう… そう思わずにはいられません

コロナさえなければ もう少しお話しする機会もあっただろうとも思い 残念です…

そして徳田師は 私たちに沢山の宿題を残されました その一つ一つを仕上げていくことが私たちの務めであり 恩返しであると思っております

この夏は徳田師の初盆

もうそろそろ布教活動が再開されても良い頃かと 心の中で思いながらも その時はあの空に聳える大きな入道雲になって 私たちを見守っていてほしいと願わずにはいられません

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