嗚呼 永遠のラジカセ

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突然ですが、昨日ラジカセを手に入れました。

なぜ今ラジカセなのか?

先月、お参りに寄せていただいた或るお宅(パナソニックのお店)の、仏間でラジカセが懐かしい曲を流しているのを発見! 

早速ご主人に「このラジカセってまだ売ってるんですか?」と尋ねると、「まだパナソニックでも細々と売っていますよ。」とのお返事。

・・・体の中の血液が、逆流するほどの興奮を覚えました。

思い返せば40数年前、私がまだ制服を着て学生生活をしていたころ、ラジカセは学生にとって三種の神器の一つでありました。

LPレコードを友人たちと貸し合って、レコードプレイヤーからカセットテープに録音し、自分の部屋で音楽を楽しんだり、ラジオからのエアチェックをしたりと、これ一台で学生生活を十分満ち足りたものとできる、まさにハイブリッドアイテムでありました。

これで、あの頃に録音した楽曲が再び蘇る。

何年か前のこと、押し入れの奥から、昔のカセットテープが段ボール箱に入ってどっさりと出てきました。これを見た家内は早速不燃ごみとして処分しようとしたので、「これはまだ捨てないでおいて!」と抵抗したのですが、「ラジカセも無いのにどうやって聞けるの?」と現実を指摘するきつい一言。

「いや、必ずラジカセは手に入れるから!」・・・そう言って、密かに段ボール箱を家内の目の届かないところに隠し、今日の今日まで来ましたが、「これでやっと懐かしい楽曲がきける!」

そしてもう一つ、アナログ録音の味が楽しめる!

昨今の音楽はデジタル一辺倒。確かに音質はノイズが無くとても奇麗なのですが、残念ながら、それは自然の音ではないのです。

プレイヤーの針がレコードの溝に入った小さなホコリをとらえる音、カセットテープを巻き戻すときの待ち遠しさ、すべてがアナログ時代の代えがたい財産なんです。

 時代が今よりもずっとゆるやかに流れていた、甘酸っぱい記憶の中へ、今宵私はトリップしてまいります。

何故か・・・サクラ

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我が家には一匹の三毛猫がいます。
名前は・・・サクラ。

今から約9年前のかなり冷え込んだ朝に、お寺の前を流れる用水路の中で溺れかけていたのを助けて、それ以来我が家の飼い猫になりました。
まだ手のひらに乗る位の大きさだったのが、今では丸々と太って、あの頃の可愛らしかった姿はもう何処にもありません。
先祖代々由緒正しい野良猫のためか、飼い猫となっても外にお仕事(遊び?)に出ていきます。

最近では、気候が良くなってきたせいか、夜遊びが増え、夜の9時頃に出勤し、朝4時半、私の起床とともに外で「ただいま」の「ニャ~」が聞こえてきます。

こんな気楽な生活は、人間には不可能です。
実は先日、ご近所に回覧板を持って行った時のことです。
一軒のお宅の玄関前にサクラが寝そべっていました。
私、「んっ?」
サクラ、「!?・・・!!!」
その眼は「やばい!見られた!」と告げていました。
どうもサクラは、このお宅で異なった名前で呼ばれているような気配なんです。
「この浮気者!」
しかも、猫にも「やばい」という表情があることに気が付きました。
その事もあってか、最近は特に私に媚を売ってきているような気配があります。
それに対し、私はどのように相手をしていけば良いのでしょうか?
まあ、元野良猫をうちの家族だと思っているのは人間だけで、猫の方は、「あたしゃあ誰のものでもござんせん!」なんて思っているのでしょう。
そんな風に思われているとしても、「ニャ~」と一声鳴かれてしまえば、ついつい目尻が下がってしまうのです。
う~ん、今回も取り留めのないつぶやきになってしまった。

秋の初めにびっくらポン!

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まだまだ残暑が続いていますが、暦の上では秋。
これから冬に向かって一日一日と日が短くなり、寒さが増してまいります。
「鳴く蝉の春秋を知らず 蜉蝣の夕べを知らず」などという言葉もありますが、
最近の蝉の声は「つくつくほうし」ばかりが耳に届きます。

そりゃあ、この季節ですものアブラ蝉なんかはとっくの昔に姿を消してしまっています。蝉の命は地上に出てしまえば一週間だと言われていますから、夏真っ盛りの時に鳴いている蝉はどこにも生き残っているわけないのです。

と 思っていたら… この夏驚くべき観察結果が出たらしいのです。 夏休みの自由研究に、小学生の男の子がとんでもない観察をして、それがれっきとした学界に於いて報告されました。
なんと、蝉は三週間以上、場合によっては、ひと月ほどの寿命があることが解ったのです。
 
男の子は、地道に捕まえた蝉の羽に目印と日付を入れ、放してやりながら、蝉の種類別にキャッチアンドリリースをひたすら続け、今回の発見となったのです。

本当に頭の下がる思いがしました。研究者とはまさに彼のような人物を指すのでしょう。大人が「当たり前だ」と頭から信じて疑わなかったことに疑問を覚え、それをコツコツと調べて新しい発見をしていくということは、生半できる事ではありません。

私はまるで、チコちゃんに叱られた思いです。
何事にも先入観を持たず、常に心に疑問符を持ち続けていたいものです。
「ボーっと生きてんじゃないわよ!」 秋の初めに、自らの頭の固さに気付かされた大事件でした。

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