先日のことです。奈良県のとあるお寺でお話を始めた時のこと
ちょうど始めてから五分くらい経ったころに 本堂中に緊急地震速報が鳴り出しました
普段こういった場所では 携帯電話はマナーモードにされているものですが 緊急地震速報だけは そんなことお構いなしに 大きな音で危険を知らせてくれます
ただ やはり時と場所を選んでほしいもので 「さあ これからお話の本題に入っていこうか…」というところで 本堂の中にいる人たち全員の携帯が一斉に鳴り出すと(私を含めて) これはもう収拾がつかなくなってしまいます
確かに揺れはしたものの大したほどのものではなく すぐに収まりはしたのですが 本当の意味でのざわつきがその後に待っていました
まず数人の僧侶が 「大丈夫ですか?」などと横から声をかけてくる
「大丈夫、話が始まったところだから、邪魔をしないで下がっていて。」
そう声をかけて下がってもらったところに、お参りの皆さんが、皆一斉に携帯電話を取り出し、自宅に電話をかけ始めました。
揚げ句に「ちょっと家が心配だから 戻ってきますわ」などと 数人がいそいそと本堂から退出する始末
「もう揺れも収まったから大丈夫ですよ」と言ってはみるものの どなたも聞いて下さってません
何とか静けさを取り戻したのはそれから10分ほど経ったときでしょうか
つくづく「人間とは心の定まらない生き物であるな」と考えさせられました
「身はここに 心は信濃の善光寺」
ほんの些細な出来事で 体はお寺の本堂にありながら 心は自宅に舞い戻っているのですから…
私たちの心とは それほどに自由気ままに動き回るものなのです
そして それだけに自分の心をしっかりと捕まえて行くことが 修行だと言えるのです
12月は言わずと知れた「師走月」
心が定まらないと思わぬところで‘へま’をするかもしれません
皆さん くれぐれも心に用心をしてお過ごし下さいね