京都大原

亡き徳田布教師を偲んで

昨日(6月24日) 布教師会の理事4名で 京都は大原 元祖良忍御上人様の御廟に参拝致しました

大気の状態が不安定で 雷雨の心配がありましたが お陰様で雨に降られることなく帰ってくることができました

お参りしながら 皆の頭に浮かんでくるのは 今年1月に遷化された徳田布教師のお顔でした 

昨年の参拝では お元気な姿で一緒に手を合わせて下さっていたのですが まさかその姿が今生の別れになろうとは思いもしませんでした

徳田師は私よりも20歳ほど人生の先輩でしたが 布教師会入会は 私のほうが先であったことで 先輩でありながら後輩になるという ややこしい関係でありました

ですが そのようなことは全く気にもかけず 私を立て なお且つ人生の先達として色々とアドバイスをして下さいました

私自身 徳田師ほど気を許してお話しできる方はおられません

コロナ蔓延で 昨年は布教師会としての活動を自粛せざるを得ず 大原御廟参拝も理事のみで行くことになっていたのですが その数日前に師からお手紙をいただき 文面から活動自粛で布教師の誰にも会えないという寂しさが伝わってきたので 「もしも良ければ…」とお誘いしたところ 「ほんとにワシも行って良いの!?」と遠慮気味にも参加をして下さり 近くまで私が迎えに行って大原参拝が実現しました

今となっては その往復の車中で どんな話をしたのか忘れてしまいましたが いつもより随分お話が弾んだことは覚えています

理事の皆とも色々話され 久々に充実したひと時を分かち合うことができました

その時はお誘いして本当に良かったと思いましたが 今となれば 「最後のお別れに来て下さったのかも!?」と思わずにはいられません

「朝に紅顔ありて 夕べに白骨となる」という言葉があります

人の命の何と儚いことであろう… そう思わずにはいられません

コロナさえなければ もう少しお話しする機会もあっただろうとも思い 残念です…

そして徳田師は 私たちに沢山の宿題を残されました その一つ一つを仕上げていくことが私たちの務めであり 恩返しであると思っております

この夏は徳田師の初盆

もうそろそろ布教活動が再開されても良い頃かと 心の中で思いながらも その時はあの空に聳える大きな入道雲になって 私たちを見守っていてほしいと願わずにはいられません

雨の大原

先日(6月21日)、京都は大原へ、元祖聖応大師良忍上人様のお墓参りに寄せていただきました。
御廟があるのは、三千院の横を少し上った来迎院。本堂の横を過ぎて石畳を行くと、三重の石積みの御廟が杉木立の中にひっそりと佇んでいます。

時刻は午後三時を回ったあたり、布教師会の皆さんと手を合わせていますと、近くで雷鳴が聞こえてきました。
空は今にも大粒の雨が落ちてきそうです。
「そういえば、今朝の天気予報で山沿いでにわか雨が降るとか言っていたような…」
案の定、お墓参りを済ませ、来迎院の本堂でお勤めをしている最中に、とうとう降り出して来ました。
激しい降りの為に外に出ることもできず、薄暗くなった本堂の中から外を眺めていると、近くの山の斜面に霧が立ち込め、騒々しいはずの雷や雨音までが、森閑とした景色に溶け込んで、あたかも神仙の世界が広がっているような錯覚を覚えました。

「確かにここには仏様がいらっしゃる。」

不思議な霊気のようなものの存在がありました。
九百年の昔、良忍御上人がこの地に移り修行に励まれたのも分かる気がいたします。
残念ながら今の私は、深山幽谷の地に独り住まいするなどということはできません。どうしても人恋しくなってしまうだろうからです。

「修行が足らない!」
そう言われてしまえばお終いですが、それでもたまにこの様な体験をするのは、世塵に汚れた自分の心を洗い清める良い機会。

激しい雨音に、滝に打たれる己の心を観ていました。

大原の里にて

先日、京都は大原にある融通念佛宗の元祖、聖應大師良忍お上人様の御廟に、布教師会の方々と参拝して参りました。

大原と言えば三千院。

その横を塀沿いに上って行くと、来迎院というお寺があります。

このお寺の本堂の奥に、古びて苔むした三重の石塔が建っており、これこそが、今から九百年近く前にお亡くなりになった、良忍上人のお墓であります。

墓前に向かいますと、真新しい塔婆が何枚も立てかけてあり、どなたかは判らなくとも何人もの方々がここへ参拝に来られていることが見て取れます。

大原は、融通念佛宗の始まりの地であり、宗門の人間は御開山の眠られる土地として、特別な思いを持つ場所なのです。

折りしも季節は梅雨の真っ只中、天気予報は午後から雨だと報じていたのですが、そこはそれ、晴れ男の私が行けば、何とか雨に降られずにお参りすることができました。

お参りした後、ふと考えたのですが、亡くなって九百年近くたった今も「墓前で手を合わせてもらえる」ということが、如何に凄いことであるのか!?

私の場合ならせいぜいもって五十年位でしょうか?

比べること自体に無理があることは百も承知ですが、自身の人生をかけて仏道に邁進し、世の人々の苦しみを除かんとされた姿は、九百年近く経った今も語り継がれ、参拝者が絶えないという形で残っています。

「名こそ惜しめ」

自分の名に恥じないように生きる。

自分を捨て、世の人々のために生きる。

今の私には想像もつかないような行為であっても、昔はそんな事を当たり前のようにやってしまう人間が沢山おられたのでしょうね。

名前が残るのももっともか。

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