2020年 1月 の投稿一覧

同窓会にて

毎年お正月に大学時代の同窓会を開いています。

私は学生時代、工学部応用物理学科で学び、全く関係のない家業(?)であるお寺を継ぎましたので、同窓会に行くのはちょっと気が引けるのですが、毎年懐かしい顔に会えることが楽しみで、ほぼ毎回出席しております。

今年は入学40周年にあたり、久しぶりに懐かしい顔ぶれにも会うことが出来ました。

その中に、本当に久しぶりに顔を出してくれた奈良県に住む一人の友人がいました。

その彼は、何といつの間にか目が不自由になっていたのです。私の隣に座った彼は、「視界のほとんどが渦を巻いたように見え、端っこの方だけがまともに見える」と言っていました。

学校の教師をしていた彼は、それでも病気に負けずに、今も数学の教師をしています。「盲学校の中学から高校までの数学を教えている…」 そう話してくれました。

目が不自由な身でありながら、それでもなお同じ境遇にある生徒たちに数学を教えているという、その姿に私はこれ以上ないほどの敬意を抱きました。

さらに話を聴くと、なんと彼は自宅が農家なので、田を耕し、野菜を作り、その為にトラクターまで乗りこなしているというではありませんか!

「おい、そんなことして大丈夫か?」

「運転免許は返したけれど、トラクターなんかは自宅の敷地内やから、問題なく乗れるねん」

わずかに視える視界の端っこから、道の状態を確認し、田を耕し、刈り入れを行っているのだそうです。

「よし、そうしたら今年お前の田んぼで新米が取れたら、連絡してくれよ。お米を一袋買いに行くから、特別に美味しいお米を作ってくれよ」 そんな約束までしました。

そして彼がトイレに立とうとすると、今度は「よっしゃ、一緒に行こう。」と周りの友人が立ち上がり、腕を引くわけでもなく、背中を押すわけでもなく、彼の歩くペースに合わせて並んで歩いていくではないですか。そんな姿を見て、

「ああ、友達というのはいいものだなぁ」 つくづくそう感じました。

私たちは、例え五体が満足であっても、欠点のない人間は一人もいません。

その欠点に自分自身が気付いていても、いなくても、それをカバーしてくれる人がいるからこそ、私たちは生きていく事が出来るのです。

この友人たちのように、黙って一緒に歩いてくれる人がいるから、立ち上がることが出来るのです。

眼が不自由でも、負けることなく前を向いて歩き続ける友人に、人としての勇気をもらい、そっと寄り添う友人たちに暖かい「お陰様の心」を感じさせてもらった同窓会でした。

友、遠方より集まる。また嬉しからずや!

令和2年が明けて

最初の日曜日にこれを書いています

遅くなりましたが、皆様、明けましておめでとうございます!

今年も「会長のつぶやき」をよろしくお願い致します

私のお寺では昨日からいつも通りの日々に戻っております

昨夜は息子の大学のクラブの同期が集まり、うちのお寺で新年会のようなことをやっておりました。つくづく若いということは羨ましいと思います

大晦日からの一連の行事が済み 「二日と三日は寝正月!」などと考えていましたが、そうは問屋が卸してはくれませんでした

ただ、いつもよりアルコール摂取量が増え、ここ数日で体重が二キロほど増えたのが、ちょっとショックです。いくら食べても飲んでも太らない体と鋼鉄の胃袋、強靭なる肝臓が欲しいと思う今日この頃

さて、我が家では毎年○○易断所の暦本を買っています。なんてことは無い昔からある暦の本ですが、今年の私の星「三碧木星」の項を見て「ショック!」

●になっているではないですか!

低迷運!

昭和36年生まれは「定年後の計画を立てる事です」だそうです

僧侶の私は何歳からが定年なのでしょう?

せんない事とは知りぬれど、一度はテレビのニュースで報道されているように、年末年始を海外や温泉地で過ごしてみたい…

そんな俗な夢を抱きながら、今年も地道にコツコツと、日々を過ごして参りたいと思っております

今年の目標は「ひと時の出会いを大切にしていくこと」

どれ程の貴重な出会いを無駄にしてしまっているか?

若い頃からの様々な出会いが、今この歳になって振り返ってみると、どれほど大きな示唆に富んでいたかを実感しています

小人は縁があっても縁に気付かず

中人は縁があっても縁を生かせず

大いなる人は袖触れ合う縁をも生かす

この言葉を忘れず、進んでまいります

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