時節

風物詩

今年も蛍の季節がやってきました。

二日ほど前の夜、遅めに帰宅した我が家の長男が、「帰りに蛍が一匹飛んでたよ。」

 

「ああ、もうそんな季節か・・・。」

 

前にも書いたように、私のお寺は大阪の郊外、京都と奈良の境目近くにあります。

自然がそこそこ残り、この時期には、蛍も僅かながら舞ってくれます。

 

近くの田んぼには水が張られ始め、田植えも始まりました。

私はこの時期がとても好きです。夜になると、電車の明かりが水田に反射して美しく映え、昼間からりと晴れ上がれば、気持ちの良い風が吹きわたります。

 

今日は晴天、家内も朝から着物の虫干しをしております。梅雨に入るほんの少し前のこの時期に、寸暇を惜しんで着物を広げて、風を通しています。

 

季節の風物詩というものがそれほど見られなくなった現代。

こうしてそれを感じながら生活をしていられる私は、多分、心の中で随分な贅沢をさせてもらっているのでしょう。

それと同時に、今年もまた同じ風景に出会える喜びというものをしっかりと感謝していきたいものです。

来年、これと同じ光景を目にすることができるなんて、どこにも保証はないのです。

それこそ、淡い光を明滅させながら飛び交う蛍のように、人の命も儚いものなのですから。

虫に刺されてもの思ふ

突然ですが、四月の末からつい最近に至るまで、虫に刺されて難儀をしています。

最初、お寺の裏にある竹藪に筍の間引きに入った時に、茶毒蛾の幼虫の毛に触れてしまい、右手首のあたりが腫れあがって、痛みと痒みに悩まされました。

十日近くかかって、ようやくマシになってきたと思ったつい先日、同じように草刈りに入った時には、知らないうちに後頭部を何かの虫に刺されてしまい、右後頭部がポッコリと腫れあがって、これがまた痒くて痒くて…

 

自然があるということは、喜んでばかりではいられないのです。何しろ家の中に大きな地蜘蛛、百足にゲジゲジ、ほんとこれからの季節は様々な虫が訪問してこられます。(私の子供の頃なら、夜中に家の網戸にはクワガタやカブトムシなどが灯に誘われていくらでもやってきました)

と…いうわけで、これからの季節は虫に要注意なのです。

 

さて、虫刺されで思い出すのは、まだ私が若かりし頃の本山での修行のこと。

夏安居(げあんご)という夏の間の行の時、一番に悩まされたのが、この虫刺され!

その当時、本堂の裏手に「寮舎」と呼ばれる長屋があり、ここに寝泊まりをしていたのですが、当然冷房は扇風機、網戸は穴だらけで、蚊が入り放題。もちろん、蚊取り線香は焚いているのですが、蚊よりも悩まされたのがダニ!

もともと、修行に入る前に二回ほどバルサンを焚いておられたらしいのですが、ダニはその程度で諦めてはくれません。体中が刺されまくり、暑さと痒みの中で修行が終わった記憶があります。

今年も七月に入ると夏安居が始まります。

最近は修行僧の宿舎も冷暖房完備!虫に刺されて眠れぬ一夜を過ごすこともなく、実に快適な修行生活を送ることができます。

「昔は苦労したものだ…」などと、今の若者に苦労話をしたところで、「あっそう…でっ?」なんて返されてしまいそうで、気の弱い私はこのような所でぶつぶつ書いているのが精一杯。

まあ、それも良い思い出になってはいるのですが…

虫に刺されて、もの思ふ今日この頃。

やさしい雨音

今、外は雨が降っています。

私のお寺は大阪の郊外にあり、本堂の裏手には竹林があります。

少し早めに帰宅した本日は、窓ガラス越しに雨に打たれる竹林を眺めながら、椅子に座って読書をしていました。お気に入りは、藤沢周平の時代小説。

と… そこまでは良かったのですが、気が付くと本を下に落としてコックリコックリ。

 

「ザーザー」という雨音と「ざわざわ」という竹林の音が何とも気持ちよく耳に響いて、気がつけば心地よい微睡みの中に落ちていました。

 

人は常に様々な音を聴きながら生活をしています。それは耳に心地よく聞こえるものもあれば、やたら耳障りな音もあります。

今日のそれは、いわば「雨音の中にある静寂」とでも呼べばよいのでしょう。

一切のノイズを雨音と竹林の立てる音が消し去ってしまい、心の中に深い静寂をもたらしてくれました。

お金では決して買えない最高の贅沢!

そう考えると、目に見える贅沢に走りがちな私たちに、「もっと視野を広げなさい」と教えられてもいるようです。

 

晴れた日は日光浴を楽しみ

雨の日は雨音を聴き

風の日は風に舞う木の葉を追いかける…

 

そんな心のゆとりをもって生活をしたいものですね。

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