行ってきました

音楽会

先日(9月21日)に ある音楽会に行って参りました

お彼岸の最中に音楽会とは…

今までであれば 全くと言っていいほど不可能だったと思います

今年に限れば コロナの影響で お彼岸が例年よりも楽になりまして 大変贅沢なミニコンサートに行くことが出来ました

私のお寺の隣村に 星誕音楽堂という小さな音楽ホールがあり 私はさほど詳しくは無かったのですが 知る人ぞ知る有名なホールらしいです

私のお寺でお花見コンサートを毎年企画しており 以前出演して頂いたご縁で フルート奏者の奥田律さんにこの度お誘いを頂いた次第

秋の夜長に ピアノ フルート ベースという組み合わせで 聴衆がわずか十人 本当に贅沢なひと時を過ごさせて頂きました

もちろん この人数は三密を避ける為で 仕方のないことではありますが 個人で貸し切りにしているような錯覚を覚えるほどでした

そう考えると コロナがもたらした影響というものは 善悪両面があるのではないかと思えてなりません

それはコロナをとらえる私たち自身の見方 考え方が前向きか 後ろ向きかということ 或いは私たちの心に どれだけのゆとりがあるのかにもよるのではないか!?ということです

ものごとには必ず表と裏があり どちらに偏ってもすべてを見通すことはできません

また人間には理性の眼と感情の眼があり 理性に偏ると理屈に走り 感情に偏ると好き嫌いになってしまいます

この二つの見方 二つの眼を上手くまとめて見ていくのが 法の眼 仏さまの眼なのです

コロナという目に見えないウイルスに右往左往している私たちですが 無理をせず ちょっと見方を変えて生活に明るい色合いをつけていこうではありませんか どのみちコロナとは長~い付き合いになっていくのでしょうから

ヒッチハイク

先日、久しぶりに家内と日帰りドライブに出かけました。

向かった先は淡路島。

淡路サービスエリアで高速を降り、すぐ近くのお寿司屋さんでランチ。その後はあちこちドライブして、もう一度高速に乗って帰路に就こうとした時、たまたま同じ淡路サービスエリアで休憩をとったら、ドライブインの外で20代と思しき二人の女性が、「東京」と書かれた画用紙をもって立っていたのです。

この日は朝から冷たい風が吹き、ドライブとは言いながらも車から降りるのは少し躊躇われるほどの気温でした。

「こんなところで待っていても、東京方面へ向かう車は少ないだろうなあ…」

などと思っていると、家内が躊躇いも見せずに二人に話しかけたのです。

「ちょっとの距離だけど、この二人を乗せてあげて。」

私に向かって話した時には、もう乗せてあげる話が出来上がっていました。

確かにこの場所では東京に向かう車は少ないと思っていたので、中国道の西宮名塩サービスエリアまで送ってあげることになりました。

車に四人が乗り込み、サービスエリアを出発すると、何故か私の運転がぎこちない。うら若い女性を二人も乗せて、とても緊張していたんです。

話題がない! 何を喋ればいいのか解らない!

私はただひたすら前を向いてハンドルを握っておりました。

こんな時、布教師という肩書は何も役に立ちません。

その点、家内は女同士ということもあり、いろんな話題を提供しては後ろに座る二人の緊張をほぐしておりました。

何でも二人は姉妹であること、会社の休みを取って二人でヒッチハイクをして広島まで行くつもりが、時間がかかりすぎたため東京に戻ろうとしたところ、淡路島に来てしまい、東京に向かう車に巡り合えなくて困っていたということ。

それがヒッチハイクの醍醐味と言えなくはないのでしょうが、寒い中困っている二人を放っておけないのが、大阪のオバちゃん!

無事二人を西宮名塩SAまで送り届け、帰ってはきたのですが、果たしてその後二人が上手く東京まで帰れたのかどうか、未だに気になっております。

「一期一会」

名前も聞かず、ほんの数十分のドライブではありましたが、人生のほんのひと時を共有したというご縁は、私の記憶の中に大切にしまっておきたいと思います。

いやぁしかし、こんな出会いもあるんですね。

ヒッチハイク面白いかも!

でもこの歳でそんなことやったら、ちょっと危険人物に思われるかも?

同窓会にて

毎年お正月に大学時代の同窓会を開いています。

私は学生時代、工学部応用物理学科で学び、全く関係のない家業(?)であるお寺を継ぎましたので、同窓会に行くのはちょっと気が引けるのですが、毎年懐かしい顔に会えることが楽しみで、ほぼ毎回出席しております。

今年は入学40周年にあたり、久しぶりに懐かしい顔ぶれにも会うことが出来ました。

その中に、本当に久しぶりに顔を出してくれた奈良県に住む一人の友人がいました。

その彼は、何といつの間にか目が不自由になっていたのです。私の隣に座った彼は、「視界のほとんどが渦を巻いたように見え、端っこの方だけがまともに見える」と言っていました。

学校の教師をしていた彼は、それでも病気に負けずに、今も数学の教師をしています。「盲学校の中学から高校までの数学を教えている…」 そう話してくれました。

目が不自由な身でありながら、それでもなお同じ境遇にある生徒たちに数学を教えているという、その姿に私はこれ以上ないほどの敬意を抱きました。

さらに話を聴くと、なんと彼は自宅が農家なので、田を耕し、野菜を作り、その為にトラクターまで乗りこなしているというではありませんか!

「おい、そんなことして大丈夫か?」

「運転免許は返したけれど、トラクターなんかは自宅の敷地内やから、問題なく乗れるねん」

わずかに視える視界の端っこから、道の状態を確認し、田を耕し、刈り入れを行っているのだそうです。

「よし、そうしたら今年お前の田んぼで新米が取れたら、連絡してくれよ。お米を一袋買いに行くから、特別に美味しいお米を作ってくれよ」 そんな約束までしました。

そして彼がトイレに立とうとすると、今度は「よっしゃ、一緒に行こう。」と周りの友人が立ち上がり、腕を引くわけでもなく、背中を押すわけでもなく、彼の歩くペースに合わせて並んで歩いていくではないですか。そんな姿を見て、

「ああ、友達というのはいいものだなぁ」 つくづくそう感じました。

私たちは、例え五体が満足であっても、欠点のない人間は一人もいません。

その欠点に自分自身が気付いていても、いなくても、それをカバーしてくれる人がいるからこそ、私たちは生きていく事が出来るのです。

この友人たちのように、黙って一緒に歩いてくれる人がいるから、立ち上がることが出来るのです。

眼が不自由でも、負けることなく前を向いて歩き続ける友人に、人としての勇気をもらい、そっと寄り添う友人たちに暖かい「お陰様の心」を感じさせてもらった同窓会でした。

友、遠方より集まる。また嬉しからずや!

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